株式会社ニューズ

株式会社ニューズ 周年事業や表彰式などのアワードプロデュース。タレント、文化人のブッ? 人を集めたい、製品を売り込みたいなど・・・困ったことを解決します。
周年事業や、表彰式、コンベンション、シンポジウム、セミナーなどのプランニングから演出まで。

30数年間の経験を活かして、プロモーション活動をサポート致します。

読書考~空想の道標~僕が読書に勤しむようになったのは、いつからだろうか、と遠い過去を振り返る。小中学時代は、漫画本が真っ盛りの時で、少年サンデー、少年ジャンプ、少年チャンピオンと、週刊漫画雑誌が毎週発売されていた。僕はそろばん教室の待合ベン...
16/01/2025

読書考~空想の道標~

僕が読書に勤しむようになったのは、いつからだろうか、と遠い過去を振り返る。

小中学時代は、漫画本が真っ盛りの時で、少年サンデー、少年ジャンプ、少年チャンピオンと、週刊漫画雑誌が毎週発売されていた。僕はそろばん教室の待合ベンチでそれを貪り読んでいた。漫画がいろんなことを教えてくれた。友情や助け合い、善悪など、教科書には載っていない人生を漫画を通じて感じていた気がする。

しかしながら、中学生にもなってくると、思春期に突入し、それらの漫画を認めつつも、背伸びをしたくなる時期。深夜放送を聴きながら、大人への憧れを抱いたりしながら、もっと違う世界を知りたくなっていった。

何がキッカケか忘れてしまったけれども、初めて読んだ文庫本が、森村誠一さんの「人間の証明」か「野生の証明」だったと思う。映画の番宣で高倉健さんと薬師丸ひろこさんのCMを見たからなのか。それから、森村誠一さんの本を片っ端から読み、横溝正史さん、松本清張さんなどミステリーにハマっていく。そのうちもっと違うジャンルということで、純文学の夏目漱石、川端康成と、読書作家が広がっていった。

僕が通っていたそろばん教室の前に「井高野書店」という、本はもちろん、文房具などを売っている本屋があったので、そろばん教室に通いつつ、いつも「井高野書店」の文庫本コーナーを見て回るのが、楽しみになっていた。

漫画で教えてもらった人生を、今度は文庫本が教えてくれた。文字だけの物語が僕の想像を掻き立てたのも、ハマった理由の一つだ。思春期は何かと空想癖がある時期でもあり、見たことのない、知らない世界を時にワクワクしながら、時に怯えつつ夢中になって読んだ記憶がある。

本は僕の空想旅の道標だった青春時代を、今思う。

「年賀状じまい」2025年巳年が始まって8日間、学校もスタートして、年末年始のお屠蘇気分から日常の生活へと戻ってくる。私の若い頃の、年始の楽しみといえば、年賀状だった気がする。元旦に郵便局のバイクの音がして、束になった年賀状を受け取る。友人...
08/01/2025

「年賀状じまい」

2025年巳年が始まって8日間、学校もスタートして、年末年始のお屠蘇気分から日常の生活へと戻ってくる。

私の若い頃の、年始の楽しみといえば、年賀状だった気がする。

元旦に郵便局のバイクの音がして、束になった年賀状を受け取る。

友人からの年賀状を一枚ずつ見ながら、「気になるあの子」からの年賀状を見つけた時の嬉しさは今も忘れない。別にラブレターじゃないのに、心ときめいた記憶がある。そんな思い出を浮かべつつ、昨今の年賀状減少を寂しく感じるのは私だけだろうか。

環境問題など社会の流れ、郵便料金の値上げ、SNSの普及など時代の流れには逆らえない事情にも頷かざる得ない。

帝国データバンクによると、企業の半数近くが「年賀状」をやめたと新聞に掲載されていた。

しかしながら、お正月の一つの風習が失われていくのも寂しいものだ。

時代が移り、技術が進化し、様々なコミュニケーションツールが普及するにつれ、失われていくもの、発展していくものは仕方のないことなのだろうとは思う。ある人が言っていました、「スマホはすぐに答えを教えてくれるが、人間にとって大切なのは、答えではなく答えに至る過程を学ぶこと」

年賀状は、年に1度、送る相手に対する「私はあなたのことを気にしています」という優しさであり、思いやりのような気がするのは単なる私の感傷だろうか・・・

来年の年賀状をどうするか悩む2025年の年の始まり・・・・

仕事始め世間的には明日6日が仕事始めだろう。私のような凡人は人さまより1日でも早く仕事に掛かろうということで、この30年間、1日だけ早く初出社している。まぁ、単なる気持ちの問題ですが。年賀状を見させていただき、「あの人元気かな」など1年の無...
04/01/2025

仕事始め

世間的には明日6日が仕事始めだろう。

私のような凡人は人さまより1日でも早く仕事に掛かろうということで、この30年間、1日だけ早く初出社している。

まぁ、単なる気持ちの問題ですが。

年賀状を見させていただき、「あの人元気かな」など1年の無沙汰を感慨深く思い起こす。

昨今は時節柄、年賀状は減っていき、メールやSNSでの挨拶に取って代わってきてるのも、なんだか少し寂しい気もするが仕方ない。

ある意味日本の正月の風習も廃れていくのだろう。

日頃、仕事などでお会いする人は別として、なかなかお会いできない人たちに、せめて年に1度、賀状での挨拶ができれば互いの平穏な毎日を喜び合えると思う。

本年もお会いできる人、なかなか会えない人、しかしそれだけの出会いがあった事実に感謝しかない。

「人は必要な時に必要な人と出会う」まさしく何かに導かれて「出会って」いるのだろう。

2025年もどんな出会いがあるのか楽しみにしたいと思う。

2025年・巳年新年あけましておめでとうございます。2025年一歩進んで、二歩下がる。それでも、ゴールへ向かうことを諦めない。時には休んでいい。焦らず、足元を見つめてゴールを目指したい。ゆっくりゆっくり進めばいい。2025年は優しい年にした...
31/12/2024

2025年・巳年

新年あけましておめでとうございます。

2025年

一歩進んで、二歩下がる。

それでも、ゴールへ向かうことを諦めない。

時には休んでいい。

焦らず、足元を見つめてゴールを目指したい。

ゆっくりゆっくり進めばいい。

2025年は優しい年にしたい・・・

本年もよろしくお願い致します。

2025年1月吉日

株式会社ニューズ

中野幸次

仕事納め2024年も本日で仕事納め。なんとまぁ、今年は、例年以上に月日が過ぎるのが早かった。11年携わっている近畿大学の入学式が終わって、すぐに来年2025年開催の大阪・関西万博の案件に携わりつつ、他にも久しぶりの制作会社や代理店からのイベ...
27/12/2024

仕事納め

2024年も本日で仕事納め。

なんとまぁ、今年は、例年以上に月日が過ぎるのが早かった。

11年携わっている近畿大学の入学式が終わって、すぐに来年2025年開催の大阪・関西万博の案件に携わりつつ、他にも久しぶりの制作会社や代理店からのイベントが舞い込んだり、本当にありがたいことだ。

考えてみれば、日々新しい発見や新たな出会いがあった気がする。想定していない毎日がやってくる。

何かに導かれるように新しい毎日、なんと人生は不思議なものだと、振り返ってみるとそう思う。

これも、健康がベースになっているわけで風邪など体調管理をしっかりやっていかねばと、肝に銘じている。

弊社も2025年2月からは31期目をスタートさせる。どこまで、続くかわからないけれども、この業界で得た経験を次世代のスタッフに引き継いでいかねばならないと考えている。

時代とともに、そのイベント作りの手法は変化しているけれども、根本的な本質は同じである。

イベントは主催者、出演者そして裏方スタッフ全員が目指すべき方向が同じでないと成功は目指せない。

2025年はどんな年になるのだろうか。

そしてどんな「出会い」があるのだろうか。

穏やかな気持ちで2024年に感謝し、2025年を迎えたいものだ。

慢心することなかれ神戸でのクリスマスラリーも先週末に無事に終了。ありがたいことに、来年の開催日程も決まり、イベント屋としては嬉しい限りだ。25年に及ぶレギュラーイベントだが、回を追うごとに緊張感が増すのはなぜだろうか。3500人を超える観客...
25/12/2024

慢心することなかれ

神戸でのクリスマスラリーも先週末に無事に終了。

ありがたいことに、来年の開催日程も決まり、イベント屋としては嬉しい限りだ。

25年に及ぶレギュラーイベントだが、回を追うごとに緊張感が増すのはなぜだろうか。

3500人を超える観客のイベントを初めて仕切った時は勢いでやり切った気がするが、

年々、勢いだけではできないことに気づくのだ。

毎回同じイベントではあるけれども、天候も違う、来場者も違う、出演者も変わる。

イベント名称は同じでも内容は毎回違う。

そう、イベントは一期一会なのだ。

だからこそ、毎回緊張するし、慣れてはいけないのだ。失敗を恐れているのではなく、

慢心することに恐れるのだ。

40年以上、この業界でお世話になっているけれども、常に、真摯に取り組まねばいけないことを

歳を重ねれば重ねるほど感じるのは、イベントの怖さを知っているからなのかもしれない。

そして、その重積を担わなければならない立場でもある。

全ての仕事には安全安心が基本であり、その上で素敵な演出が加わり、観客のみんなに心に残るイベントとして刻まれていくのだろう。

毎年、その年を振り返るときに、トラブルやミステイクは多少あっても安全安心なイベントができたことに感謝したいと思うし、来年度もそうありたいと願うのみだ。

2024年度もそろそろ締めの時期に来ているが、今年は少し勝手が違う。

来年2025年に開催される大阪関西万博に絡ませていただいているせいでもあり、

この業界自体がフワフワしている気がするからだろうか。

仕事納めまで気が抜けない日々を過ごす。

しかしながら、この歳になっても現役でいられることに感謝しながら、

健康には気をつけて気張りたいと思う。

クリスマスラリー神戸1999年の冬に初めてこの仕事を仕切らせていただいた。あれから、25年、コロナ禍の2020年は中止になったが、それ以外は毎年この時期はこの仕事で1年を締めることになる。4半世紀も続くとは思っていなかったが、3500人〜4...
16/12/2024

クリスマスラリー神戸

1999年の冬に初めてこの仕事を仕切らせていただいた。

あれから、25年、コロナ禍の2020年は中止になったが、それ以外は毎年この時期は

この仕事で1年を締めることになる。

4半世紀も続くとは思っていなかったが、

3500人〜4000人以上集まるイベントがこんなにも長く続くのは本当に奇跡としか言いようがない。

僕自身、このような大きな会場で「ガナリマイク」を持ってリハーサルをし、

本番でQをふることで、自分自身を育ててくれたイベントと言えよう。

思い返せば、1999年は弊社にとってもエポックメイキングな年だったし、

それからずっと弊社を支えてくれたイベントの一つでもある。

舞台監督として、舞台演出として、今の自分があるののは、このイベントが原点として存在したからだろう。

今年度も、今週末に本番が控えている。

驕らず、慢心せず、感謝を持って今年も取り組みたいと考えている。

同窓会私は、大阪市の港区で生まれましたが、物心ついた時は、大阪市の北東の町、東淀川区の北江口・井高野地区で暮らしていた。市営住宅の平屋と団地が立ち並ぶ、川に囲まれた地域だ。当時昭和40年代から50年代は、まだ田んぼだけではなく、沼地や溜池が...
11/12/2024

同窓会

私は、大阪市の港区で生まれましたが、物心ついた時は、大阪市の北東の町、東淀川区の北江口・井高野地区で暮らしていた。
市営住宅の平屋と団地が立ち並ぶ、川に囲まれた地域だ。
当時昭和40年代から50年代は、まだ田んぼだけではなく、沼地や溜池がたくさん残っていたし、雑木林が乱雑に生えていた原っぱもたくさんあったので、遊び場には全く困らなかった。枯れ木や段ボールを使って「秘密基地」なるものを自分たちで作って遊んだものだ。当然、昆虫もたくさんいたし、夜になると電灯に蝙蝠がよく飛んできた。
大阪市内でありながら、そんな田舎町が私の故郷と言ってもいいだろう。
なんせ、物心ついてから、幼稚園、小学校、中学校と10年以上そこで暮らしたのだから。

先日45年ぶりに中学校の同窓会が開催された。15歳で進路が別れて、離れ離れになった友人たち。狭い川に囲まれた地域だったので、10年以上一緒に過ごした友人たちなので、幼馴染でもあり、少年少女時代から、思春期の頃までのお互いの成長期を見てきた仲間だ。
なので、高校時代以降の友人とはまた違った感慨深い思いがある。

45年も月日が経っていると流石に姿形が変わっている人が多く、「お前誰?」「きみ誰?」ってなる。そんな中、「私(オレ)のこと覚えてる?」って聞いてくるのは反則だよね。
(わかるわけないだろう、その変わり方で)と心の中でつぶやくけれど、意地悪な質問に、「小学校の時よく遊んだよな」なんて誤魔化しつつ、思い出をフル回転で炙り出す。
そんな再会時間も嬉しくて、知らず知らずに相手の渾名が蘇ってくるのも不思議な感じ。
お互いに覚えている「思い出」もそれぞれで、(そんなことあったかなぁ)(それ覚えてる!)などなど、時の経つのも忘れて、45年前にタイムスリップしていた。

みんな元気にしていることに嬉しく思いながらも、やはり早くして亡くなった友人たちもいて、どこかで元気に頑張っていると思っていたが、病気や事故で亡くなっていることを聞くとやるせなく思う。45年前の15歳の姿しか思い出せない。

そう考えると、会える時に会うべき人とは会っている方が、良いのかなと思う。
色々な事情でこういう集まりに来れない人もいるけれども、やはりそう思う。

そして、実にたくさんの仲間たちと同じ時を過ごしたことに、縁を感じ、そしてこれからもまた新たな出会いがあるのだと思うと、人は人に生かされていると心から実感する。
そして、また数年後に健康第一で、再会できることを祈るのみだ。

レスポンス仕事を進めていく上で、この頃よく感じることは、レスポンスが早いと大きな仕事が降りてくる。レスポンスが遅いと、大きな不安が降りてくる。何とも、気忙しい世の中になってしまった感があるけれども、その流れに対して、自分自身が変化していかね...
05/12/2024

レスポンス

仕事を進めていく上で、この頃よく感じることは、

レスポンスが早いと大きな仕事が降りてくる。
レスポンスが遅いと、大きな不安が降りてくる。

何とも、気忙しい世の中になってしまった感があるけれども、
その流れに対して、自分自身が変化していかねばいけない。
時代に阿るつもりはないけれども、気忙しい中でも自分の立ち位置をしっかり見極める心の余裕は必要だ。

しかし、余裕なく、時は過ぎていくなぁ・・・

最初の観客は自分イベント作りの原点は、「初めて見る観客は自分自身なのだ」ということ。リハーサル含めて、自分自身が感動しないイベントはお客さんも心を動かさないだろう。なので、そこを一番重要なポイントでイベントを制作している。そして、自分自身の...
28/11/2024

最初の観客は自分

イベント作りの原点は、「初めて見る観客は自分自身なのだ」ということ。
リハーサル含めて、自分自身が感動しないイベントはお客さんも心を動かさないだろう。

なので、そこを一番重要なポイントでイベントを制作している。
そして、自分自身の感性を大事にしたいと思う。

感動できる素直な心を持ち続けることが大事。
やっつけの仕事には感動はないし、どうすれば人の心に刺さるかを考える。

「イベント作りの原点」を常に心して忘れないことが肝要なのだ。

現場にヒントが落ちているイベント制作において一番重要なことは現場をしっかり見ることだと思う。ステージはもちろん、そこに至る動線の確認、トイレの位置などお客さん目線で現地を観察すると、いろいろな課題が見えてくる。「現場にヒントが落ちている」「...
22/11/2024

現場にヒントが落ちている

イベント制作において一番重要なことは現場をしっかり見ることだと思う。ステージはもちろん、そこに至る動線の確認、トイレの位置などお客さん目線で現地を観察すると、いろいろな課題が見えてくる。
「現場にヒントが落ちている」「現場に答えが落ちている」若い頃から自分に課しているテーマである。
なので、迷ったり戸惑ったりするときは、現場にロケに行く。
イベントは同じものはない。時期も違う、天候も違う、来場者も違う。全てが一期一会なのだ。
だからこそ、慣れずに初心にかえって現場に立つ。

「イベント屋あるある」だが、案外イベント屋は、他人のイベントを見ないものである。お金を出してチケットを買って積極的に見に行く人は少ない。
そんなとき、私の取引先の担当者が「日本中のイベントを見よう」ということで、ありとあらゆるイベントのチケットを買って、見に行った時期がある。コンサートは言わずもがな、その他オペラ、宝塚歌劇、演劇、サッカーをはじめとするスポーツイベント、歌舞伎、展覧会などエンターテイメントなイベントを好き嫌いをせずに、見に行ったものだ。
そのおかげで、演出面などを勉強できた気がする。
イベントを企画する立場は、最初は真似から、そしてオリジナルは生まれるものなのだ。意識して、様々なエンタメを見るとそこにはヒントや答えが落ちている。

時間があれば、今もエンタメのチケットを買っている。気持ち良すぎて眠ってしまうイベントもあるが、それはお愛嬌。

インプットしたものは、何気にそれが熟成されてアイデアとして出てくるものだ。インプットしていないと出てくるものも出てこない。
やはり、経験に勝るものはない。
五感で感じることの重要性を今後も大切にしたいものだ

未来予想図は絵に描いた餅だったのか・・・震災の年にスタートした弊社・株式会社ニューズ私は専務取締役として、業務に携わっていくことになる。社長は、もう一つのイベント会社M社のM社長。M社と弊社は、グループ会社ではあるけれども、取引先を分けてい...
14/11/2024

未来予想図は絵に描いた餅だったのか・・・

震災の年にスタートした弊社・株式会社ニューズ

私は専務取締役として、業務に携わっていくことになる。

社長は、もう一つのイベント会社M社のM社長。

M社と弊社は、グループ会社ではあるけれども、取引先を分けていく戦略。

昨今は崩れてきたけれども、当時は取引先である広告代理店を渡り歩くことはあまり良しとしない風潮があった。

簡単に言えば、トヨタの車の宣伝をしながら、ニッサンの車の宣伝はできないのと一緒だ。
電通から受注しながら、博報堂からも受注するのはある意味、御法度であった。

そこの窓口を分ける意図もあり、M社とニューズは棲み分けをしながら、仕事を増やしていく戦略。

実質、ニューズは私が切り盛りしなくてはならないので、営業から制作、売り上げ目標も含めてマネージメント業もやっていたが、なんせ初めての経験ばかりでサラリーマン時代とは視点も動き方も変わっていくものだ。

仕事を受注するためにはどうすればいいか。
仕事を推進していくためにはどうすればいいか。
複数の仕事を受注し、推進するためにはどうすべきか。
一つの案件をこなしていたサラリーマン時代とは全く違う時間空間が流れ始めた。
とにかく、正解はないので、手探りで前に進んでいた気がする。

しかしながら、世は失われた30年時代に突入し始め、不景気風が吹き始めていた頃だ。
棲み分けて仕事を増やす戦略が、うまくいかなくなっていく。

その当時は会社を立ち上げるよりも、会社を存続させることのほうが、難しいということをまだわかっていなかった気がする。

「未来予想図」は描いたけれども、全くその通りにならないことに苛立ちを感じていた。

うまくいくことより、うまくいかないことの方が本当に多かったなと。
今、振り返るとそう思う。

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550-0012

電話番号

0649632882

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